落語、たらちね

前に私の家内がTVを見ていて、年配のご婦人を
「たらちね よね、私もかな?」と言いました。
胸が下がっている「垂れ乳」のことのようです。
私が「たらちねって、意味とか落語のたらちねとか知ってるか?」
と聞くと知らないと言います。たらちね談義になりました。

「たらちね」は、古語や和歌で「母」とか「親」にかかる
枕詞(まくらことば)で、「たらちねの」といえば「母」のことです。

家内の言うように、年配の女性の姿から生じたことばでしょう。
今はほとんど使いませんし、私も受験用の古文でしか覚えていませんでした。
ところが、落語に「たらちね」という名作があります。
そのあらましは次のようです。

長屋の八五郎「八つぁん」のところへ大家が縁談を持ってきます。
相手の女性は、年若く、器量は十人並み以上、夏冬の着物を持参する
というまことに結構な話。しかし一つだけキズがあるといいます。
「そうでしょう、そんないい女があっしのところへ来るはずがねぇ。
キズって、横っ腹にヒビが入って水が漏るんじゃねえですかい?」

「いや、キズというのは、元が京都の出で、言葉が丁寧すぎるんだ。
丁寧でわかりにくい。この前も道で会った時に、
『今朝(こんちょう)は怒風(どふう)激しゅうして、
小砂(しょうしゃ)眼入し、歩行なりがたし。』と挨拶された。
後で考えると、風で目に砂が入って歩きにくいということだが、その時は
とっさに 『いやあ、スタンブビョウでございます』 と答えた。」

「何ですかい? それは?」
「脇に道具屋があって、タンスと屏風が見えたんでそれをひっくり返した。」
「言葉が丁寧すぎる? いいじゃありませんか。
こちとら職人で言葉は荒い。そのうち慣れてくれましょう。」

その晩に祝言することになりました。
八つぁんはお嫁さんが来るのが嬉しくてしょうがない。
床屋と銭湯に行き、お嫁さんを待ちながら二人の生活のことを考える。

飯を食うのが楽しみだよ。カカァが向こう側にいて、俺がこっち。
俺の茶碗はでっけえ五郎八茶碗。その大盛り飯を 太ぇ木の箸で
ザックザックとかっこむよ。たくあんをバリバリかじるね。
カカァはちがうよ。清水焼のちっちゃな茶碗で飯をサークサク、
銀の箸だからチンチロリンとくるね。たくあんをポーリポリとくらあ。
ザックザクのバァリバリ、サークサクのポーリポリ、
ザークザクのバァリバリ、サークサクのチンチロリンのポーリポリ。
「八つぁん!独り言がうるさいね!」

その晩、大家さんがお嫁さんを連れてきました。しかし婚礼の儀式はせず、
お嫁さんの名前すら伝えないで帰ってしまいました。
「初めまして。八五郎と申します。これからどうぞ家族同様のつきあいを。」
「一端、偕老同穴の契りを結びし後は、ゆめゆめ み心変ずることなかれ。」

「あなたの名前は何てんです?」
「自らことの姓名は、父は京都の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。
母は千代女と申せしが、三十三歳の折、ある夜 丹頂を夢見て
妾(わらわ)を孕めるがゆえ、垂乳根(たらちね)の胎内を出でしときは
鶴女(つるじょ)、鶴女と申せしが、それは幼名、
成長の後これを改め、清女(きよじょ)と申し侍るなり。」

「驚いたなあどうも、えれえ長い名前だね。
ひとつこれへ書いておくんなせえ。かなでお願えしやす。
なになに? みずからことのせいめいは ちちは きやうとのさんにして~
~きよじよともうしはべるなりー。 チーン、ご親戚の方からご焼香を。」

カラスかぁで夜が明けて、お嫁さんが朝ご飯の支度に取りかかります。
勝手がわからないので、寝ている八つぁんに聞きます。
「あぁら我が君、あぁら我が君、シラネのありかはいずこなりや?」
「おいおい、その『我が君』てのは俺のことかい? やめてくんねえ、
『我が君のハチコウ』てあだ名をつけられちまう。シラネ?米ならあそこ」

さらに、行商で通りかかったネギ売りに、
「これ、門前に市なすおのこ、一文字草の値やいかに?
求めるか否か我が君様に尋ねるゆえ、そこに控えておれ」
八百屋もつられて「ははあ!」てなもんで。
またまた八つぁんに「あぁら我が君、あぁら我が君?」。

あさげの用意が調い、女房は亭主を起こします。
「あぁら我が君、もはや日も東天に出御(しゅつぎょ)ましまさば、
うがい手洗(ちょうず)に身を清め、神前仏前に御灯(みあかし)を備え、
看経ののち、御膳を召し上がってしかるべく存じたてまつる。
恐惶謹言(きょうこうきんげん)。」
「おい、脅かしちゃいけねぇよ。飯を食うのが『恐惶謹言』なら、
酒を呑むのは『依(酔)って件(くだん)のごとしか? 」

以前、「件の母」の記事で触れた「件」をオチにした落語です。
「恐惶謹言」(恐れ多いことですが謹んで申し上げます)。
「依って件のごとし」(証文などで使われた、以上間違いありません)。
今ではほとんど使われませんが、文書などの末尾の常套句だったようです。

しかし、昔の人がこういう言葉を使っていて、
それが落語になるくらい普通に知られていたことに驚きます。
日本人の教養の高さを思います。

お嫁さんの京都女房言葉と、八つぁんの ぞんざいな江戸言葉の
対比が見事です。落語の名作の一つと思います。 2015/07/24

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konnaii について

「こんないいオヤジ」 こと 今内祥雅(こんない よしまさ) と申します。 60歳。札幌市で妻と2人暮らし。 元公務員、現在は自営などその日暮らし。 「プロフィール」をご覧ください。
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