極寒・酷寒(ごっかんこっかん)

とうとう、この冬最強の寒波がやってくるようです。
今年はオホーツク海の流氷の到着が早かったようですが、
札幌はこれまで暖かい冬でした。
近年は、温暖化の影響かどうかわかりませんが、わりと暖かい冬が多いようです。
しかし昔の北海道は住宅の悪さもあり本当に寒かったです。
北海道の寒さについて正直な報告をします。

寒いことを「凍(しば)れる」と言いますが、室内で、本当に何でも
氷ってしまいます。牛乳も醤油もビールもです。
氷ってビンが割れます。冷蔵庫は北海道では氷らないための温蔵庫です。
学生の時に同じアパートにいた友人は、熱湯を保温ポットに入れたまま
1週間帰省して帰ってきたらお湯が氷ってポットが割れていました。

住宅構造が今よりはるかに悪かったこともあります。
その時の木造アパートは、雨漏りはするし、
天井は板を重ねたものだったので、すき間から夕日が差し込みました。
室内から星を見ることができました。

こんな構造ですから部屋の中は氷点下です。
帰ってきて石油ストーブを点けても暖まるまでに1時間以上かかります。
すぐ寝ようとしても蒲団も氷点下です。
丸まって寝て、自分の体温で蒲団が暖まるのを待って、それから
手足を伸ばしていきます。朝は特に寒くて蒲団の外に出たくないので、
手を伸ばして上着をさぐり、蒲団の中で着替えをしました。

でも、これはまだ暖かい札幌のことです。
私が小さい時にいた北見・網走地方は厳寒地でした。
中学生の時にいた津別町は、「日本一寒い町」と言われる十勝地方陸別町と
谷続きで冷気がやってきました。マイナス30℃以下になる日が年に数日はあったでしょう。
しかも、始めに住んだ住宅は、もう取り壊す予定だった古い木造で、
あちこちすき間だらけ、外気がいくらでも入ってきます。
蒲団には自分の息で霜ができますし、ある朝は蒲団の上に筋状の雪が積もっていました。

高校の時は北見市で下宿生活でした。
沢田亜矢子さんのお母さんが経営する下宿で、亜矢子さんのデビューの時は
下宿全員がコンサートに動員されました。
2軒隣に銭湯があって通っていました。わずか20m先の銭湯から帰って、
部屋で櫛をかけると櫛に多量の霜が着きました。
よくタオルが凍るTV映像がありますが、さっきまでお湯につけていたタオルを
外で回そうとすると、本当に1回転しないうちに凍ってしまうのですよ。
ついでに、その凍ったタオルは手でちぎることができます。

厳寒のことをおわかりいただけますか。
これを我々の先人は、掘っ立ての拝み小屋に住んで開拓に当たったのです。
おそらく室内の温度は外気とそれほど違いなかったと思います。
しかし、そんな事情から、現在では北海道の家屋は格段に改良されました。
密閉性の進化、通気性との両立、暖房技術の向上など目を見張るものがあります。
今なら、皆さんどうぞ北海道にお住み下さいとお勧めできます。2015/01/24

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konnaii について

「こんないいオヤジ」 こと 今内祥雅(こんない よしまさ) と申します。 60歳。札幌市で妻と2人暮らし。 元公務員、現在は自営などその日暮らし。 「プロフィール」をご覧ください。
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