桂文珍独演会へ行ってきました

文珍ポスター.28日、札幌で桂文珍独演会が行われ、家内と一緒に行ってきました。
久しぶりの生の落語です。
文珍(さんとか師匠とか敬称略)の札幌独演会は11年目だそうです。
「この寒い季節、毎年札幌雪祭りをはずして呼んでくれはるのは、
 航空賃がどん底安い時期だからではないかと思います。」
全席完売、大入り満員の盛況でした。

開場前からロビーは人がいっぱい、トイレの前は列ができていました。
外は寒いですからね。会場はもう少し配慮したらどうかと思いました。
家内曰く、「観客は年配の人だけかと思ったら、若い人が結構多いね」。
開場して人がぞろぞろ入っていきましたが、その動きの遅いこと。
開演直前になんとか観客が納まりました。

ハナは文珍一番弟子の楽珍。
オレンジ色の派手な衣装で出てきて、
「季節に合った噺がすぐにできるのがベテラン」と言って始めた噺が
「暑いですなあ、これが言いたかった」と「夏の医者」。
大蛇を南西諸島のウミヘビに置き換えていたので、無理はあるし、
師匠の冬の独演会の前座に「夏の医者」か?

次に文珍 登場して「何ですか? 楽珍は」。
「イスラム国」の映像に出てくるような色の衣装着て、この季節「夏の医者」。
夏のチシャは腹にさわる」と2回も振っておきながらオチでうけない。
「こんなの弟子にしておいていいのでしょうか。」

文珍の最初の演目は「夜中の車内」。
枕では例によって老人ものなどを振って、本題は、原作が当時放送作家だった
昨今話題の多い百田尚樹氏なので、講演最後にそのエピソードを紹介してくれました。
「落語にしてもよろしか? 権利料はどないしまひょ?」と聞くと、
別によろし、と言うので、じゃあ「永遠のゼロ」ですな。

次は演台が除かれて内海英華師匠の三味線でした。
唯一の「女道楽」の三味線芸ということでして、「相撲太鼓」はすごかったです。
「札幌に朝早く来て、雪の多いことに驚きました。
 しかも、道がこんにな氷るとは思っていませんでした。滑ってしまいました」
文珍は、楽屋で5時間待たされながら外に出なかったそうです。なぜなら、
「高座ですべってはいけない。」

文珍の2題目は「萬両」。
これはちょっと訳あって、落語をあまり知らない家内に予習させようと
前日に見せた YouTube の噺の一つでした。
噺が「萬両」とわかると私が家内を肘で突きました。家内が突き返しました。
画像で見ていて、ここはもう少しこうであればと思ったところが
今回ほとんどクリアされていました。文珍は勉強して向上しています。

そこで中入りになりました。
周りのお客さんからこんな会話が聞こえました。
「文珍の落語はいつも展開が目まぐるしくてついていくのが大変だ。
 30秒に1回はキーワードが出てくる。
 あの時事問題や芸能界の話題についていくのはこっちも疲れる」。

文珍の最後の演目は「血脈(けちみゃく)」でした。
「閻魔の失業」という話をします、というので、
上方では題名が違うのかと思いました。
石川五エ門が、閻魔大王の命令で信州・善光寺に血脈の印を
盗みに出かけるところを、文珍が歌舞伎の動きで力演しました。
でも、最後の方のミエは「弁慶」ではなかったですか?

文珍は20年前の関西淡路大震災の被災者です。
当時、猫を飼っていて名前を小五郎といいます。桂ですから小五郎です。
この猫に命を救われたのだそうです。
朝早くから餌をくれと鳴くものですから、その日も家の外で餌をやっていました。
すると地震になり、家はペシャンコ、もし家の中にいたら
どうなっていたか。猫は命の恩人です。
文珍は感謝を込めて猫を襲名させました。木戸孝允。

私も家内もとても楽しめた講演でした。
文珍師匠ありがとうございました。 2015/01/31

コメント・お問合せをお寄せください

お名前 (ペンネーム可)

メールアドレス (任意、なくてもOK)

題名 (なくてもOK)

メッセージ本文

konnaii について

「こんないいオヤジ」 こと 今内祥雅(こんない よしまさ) と申します。 60歳。札幌市で妻と2人暮らし。 元公務員、現在は自営などその日暮らし。 「プロフィール」をご覧ください。
カテゴリー: 未分類 タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。