叔父の死

札幌は、きのうまで3日間、雪が降り続いて18cmほど積もりました。
家に帰って、すぐの仕事は駐車場の雪かきでした。
個人的な話で恐縮ですが、先月26日に叔父が亡くなり、
49日忌の法要に行ってきました。
私の好きな叔父でした。
ガンで亡くなりましたが、叔父は治療の途中から抗ガン剤の投与を断りました。
副作用があまりに辛かったからです。叔父の死について思うところを述べます。

叔父は享年72歳でした。
北海道の農業改良普及員を長く勤め、あちこち転勤し、定年の後、
地元に住居を構えて長男と同居していました。

叔父は2年前に大腸ガンと診断され、手術して成功したのですが、
昨年、肺への転移が発見されました。
大きな2つのの腫瘍ほか、数が多くてもはや手術することは
できないと医者から言われたそうです。

ガンの摘出手術をしたら、その後、最も注意しなければならないのは
再発と転移でしょう。その病院と医者はちゃんとケアしていたのでしょうか。
私は専門の病院か医者に診てもらったらどうか、と言ったのですが、
叔父は地元を離れる気持ちはありませんでした。

抗ガン剤治療が始まりました。
しかし、叔父から聞いた抗ガン剤の副作用はひどいものでした。
髪の毛が抜けて丸坊主になることは私も聞いていましたが、ほかに、
手足の先がしびれて感覚がない、ボタンをはめることすら難しい、
足が冷たく夏でも寝る時に毛糸の靴下をはいている、
食べ物の味がわからず食事が全くつまらない、
動くとすぐに疲れて動くのが億劫になる、などです。
パークゴルフが好きな活動的な叔父が、散歩すら少なくなりました。

抗ガン剤を投与されて10日くらいするとその悪い症状が少し良くなると
いうのですが、2週間目にはまた抗ガン剤治療の日が来ます。

今年の2月ころから叔父は抗ガン剤の治療を受けないことにしました。
すると、体調が良くなり、食べ物の味もわかって毎日が楽しいと言っていました。
叔父は、延命を図るよりも快適な毎日を暮らしたいと思ったのだと思います。

ところが、抗ガン剤を止めたからかどうかはわかりませんが、
ガンが脊椎に転移して、急に手足を動かすことができなくなってしまいました。
8月に入院し、自分でナースコールを押すこともできないため、
家族が終日病室に付き添っていました。
放射線治療が始まりました。

私の母も乳ガンで亡くなりましたが、とても痛みを訴えて、
注射されてもおさまらず、最期は見ていられないほど苦しみました。
あれほど苦しむなら、いっそ楽にしてやりたいと思うほどでした。
今なら鎮痛剤などもっと改良されているでしょうが、痛みはつらいものです。

叔父の抗ガン剤にしろ、副作用の苦しみを覚えながら延命するか、
むしろ、痛みさえなければ楽に生活して生涯を短くしてもいいか、
もし自分で選択できるなら難しいことだと思います。
私なら楽な方を選ぶかなあ、でも、家族の気持ちはどうだろう、
などと考えてしまいました。

9月26日早朝、従兄弟から電話があり、
「親父、もうダメかもしれん」というのですぐに駆けつけました。
昼近く着いた時には、まだ叔父の息はあり、苦しそうに呼吸していましたが、
やがてすっと息を引き取りました。
痛みを訴えることもなく、安らかな死でした。

私は、遠方にいて、自分の両親の死に目に会うことができませんでしたので、
人の臨終に立ち会うのは初めてでした。
叔父は50数日間入院し、家族に心配と負担をかけましたが、
安らかな最期だったと思います。やさしく、安心したような死に顔でした。
合掌。

通夜の夜、従兄弟と少し口論になりました。
従兄弟は、医者が言うには、ちゃんと治療を受け、リハビリをすれば
手足を動かせるようにもなるというのに、オヤジはその努力をしなかった、
自分の勝手で、家族のことを考えなかったんじゃないか、と言います。
私は、それは少し違うんじゃないか、叔父さんは自分の死期を悟って
安らかに死んでいくことを望んだのではないか、
家族のことを考えなかったとは決してないだろう、と言いました。

叔父は、自分が死んだ時は、これはこうしろ、あれはこうしろと
指示をすべてパソコンに残していました。
自分の生涯記録も、長男が話すだろう17回忌までの挨拶の模範文や
年金の変更手続きのしかたまで残していたそうです。

従兄弟は、49日忌で親族に挨拶しましたが、
オヤジの模範文ではなく、自分のことばで、
父についての気持ちを素直にしっかり話しました。
私は、従兄弟のことばと叔父の遺志を思って感動しました。

この年齢になると、周りの話題は健康に関することが多くなりました。
皆さん、どうぞお元気で。 2014/11/16

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konnaii について

「こんないいオヤジ」 こと 今内祥雅(こんない よしまさ) と申します。 60歳。札幌市で妻と2人暮らし。 元公務員、現在は自営などその日暮らし。 「プロフィール」をご覧ください。
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